メメント

サスペンス

作品情報

原題Memento
上映時間113分
監督クリストファー・ノーラン
メインキャストガイ・ピアース、キャリー=アン・モス、ジョー・パントリアーノ
公開2000年

あらすじ

妻が強盗に殺されて以降、10分しか新しいことを記憶できない前向性健忘を患ったレナードは復讐に燃えていた。体にメモのタトゥーを刻みながら犯人を追っていくが、、、

ネタバレ解説

クリストファー・ノーラン

時系列

この作品は終わりで始まり、始めで終わるという奇想天外な構造になっており、非常に複雑だ。

まず押さえておきたいのは『カラーパート』と『モノクロパート』だ。カラーパート同士の間にモノクロパートが挿入される。そして

仮に場面が1~20まであるとする。モノクロパート:110 カラーパート:1120 とすると構成は次のようになっている。

20119218・・・9121011

二種類のパートが逆行しながら物語が進む(戻る)のはとても斬新だ。

結論からいうとおそらく電話の相手はテディだろう。それを示唆するポイントがいくつかある。

サミーとレナード

レナードは終始”サミージャンキス”という男の話をしていたが彼は一体だれなのか。

レナードの話をまとめると、彼はレナードがまだ保険調査員をしている頃の依頼主の夫。58歳の半ば引退した会計士だったが、妻と交通事故に遭って以来前向性健忘をおい、2分とものを覚えられなくなってしまっていた。治療費がかさむため保険会社に連絡しレナードが調査をしに来たわけだ。しかし事故以前の記憶は残っており、糖尿病である妻へのインシュリン注射の手順は体に染みついていた。

しかし事実はレナードによってゆがめられている。

実際にはサミーの話はすべてレナード自身の話だったのだ。サミーは保険詐欺師で独身だった。つまりインシュリンの過剰摂取で死んだのはサミーの妻ではなくレナードの妻ということだ。

レナードは何者なのか

レナードは強盗に襲われ、妻を殺され後頭部強打により前向性健忘をおってしまっている。強盗の正体はジョン・Gであることをつきとめ復讐するためにある街にやってきた。

しかし真実は少し違う。

強盗に襲われたとき妻は一命をとりとめており生きていた。しかし糖尿病とレナードの記憶障害に悩まされていて耐えきれなくなり、インシュリンの過剰摂取で命を落とすことになった。

これからレナード視点で進んでいく本作は”信用できない語り手”によって視聴者をミスリードしているということがわかる。しかしほんとの意味でのストーリーテーラーはテディだと思う。彼がいないとなんもわからん。

内容

構成に気を取られすぎてなかなかストーリーがわかりにくい。

まず最後のモノクロシーンの挿入がカラーパートへの橋渡し的な役割を担っている。電話を終え、テディとの初対面(レナード目線で)後、車で廃墟へ行きジミーを殺害する。するとそこにテディがやってきて混乱するレナードに真実を教えるが、目を背けたいレナードはテディが映ったポラロイドに『こいつの嘘は信じるな』と書いてしまう。ここは本作中でも最も重要なシーンだ。ジミーの服を盗んできていたせいで彼のポケットに入っていたファーディーズバーのコースターを発見し、自分あてだと勘違いしてしまう。実際にバーへ行ったき、ナタリーと会うことに成功。しかしナタリーはぱっと見でレナードをジミーと勘違いしたが、すべてを悟った。ナタリーはレナードを利用して、彼女が金を盗んだと思い込んでいる麻薬密売のボスのトッドと麻薬関係の捜査で嗅ぎまわっているテディを消すことを画策する。で、レナードが自ら集めた情報(ナンバー、ポラロイド、ナタリーにもらった資料など)をもとにテディを殺害。

的な流れだ。意外と内容だけなら少ないと感じた。

テディ

テディは警察官で、それもレナードを利用して一儲けしようとしている悪徳警官だ。おそらくジミーとその周辺を捜査していたのではないだろうか。最初はレナードのジョン・G殺しに力を貸していたが、殺すたびにそのことを忘れるレナードを見て利用しようと考える。しかし最後はレナードの都合のいい解釈のせいで殺される羽目になる。

ナタリー

ナタリーはジミー・グランツの恋人でもあり、ファーディーズバーという店で麻薬商売の連絡、窓口係を任されている。テディとトッドという男を消すためにレナードを利用する。

個人的に気になった場面

これは場面ではないが、本作の所々で逆向を意味するセリフが出てきていてので紹介したい。

例えば、モーテルのフロントの男がレナードに対して”お前って全部逆さまだよな。次にしたいことだけわかって、たった今したことも覚えていない。”

レナードがテディに対して”記憶はゆがめられるもので単なる解釈だ。記録じゃない”と言っていたが、こういう考えはインセプションにもつながっているのかもしれない。

この映画で個人的に好きなのはシーンの順番を入れ替えられているせいで最後どのシーンで終わって始まったのか一時的に忘れてしまうところである。これによりノーランは視聴者にも10分しか記憶が持たない体験をしてもらいたかったのではないかと考えている。

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